2012年4月7日土曜日

6.その5 1号機ベント作業の矛盾・嘘?

電磁弁は直流電源で開るのですが、報告では小型発電機で開けたとなっています。
何故こんなウソをつくのか疑問だったのですが・・
私もボンクラですね。
直流電源があれば、非常用復水器の弁が開けらるってことになります。
都合が悪いから電磁弁を交流電源で開けたってことにしているらしい。
こんなめちゃくちゃなのが、原発うごかすのかね?本当に?




1号機をベントするとして、12名の作業班が3班設けられたそうです。
1班はMO弁(MO/210)を25%開けたそうですが、
2班は小弁AO弁(AO/90)を開ける予定でしたが放射線が高く行きませんでした。
3班も行かなかった訳ですが・・・その役割は不明です。

図は

から拝借しました。(一部加筆)
図の出所は東京電力だと思います



MO弁は電磁石を利用したスイッチで、例えば直流モーター等で弁を開閉します。
図の中で三角形が向き合っていますが、それぞれがMO弁です。
AO弁は弁に圧縮空気の力を借りて、弁を開けたり閉めたりします。

結局、1号機ベントは大弁の前にある電磁弁を中央制御室のスイッチで開け、業者のコンプレッサーで大弁(AO/72)に圧縮空気を送り開けました。

下がAO弁の仕組みです。図の中の圧縮空気は圧縮空気系IAやボンベ、そしてコンプレッサー(空気圧縮機)にあたります。
圧縮空気系IAは原子炉内にたくさんあるMO弁の為に圧縮空気の管を張っているようです。
圧縮空気を供給するものと考えてよいでしょう。

作業は圧縮空気系IAやボンベは使えず、業者のコンプレッサー(空気圧縮機)を代わりに使いました。
2班は現場についても、圧縮空気がなければ無駄足になったわけです。
2名で小型発電機とコンプレッサーを持って行けば別ですけど・・・

資料は
です。

今回は1号機ベントの具体的な行動です。

地震は311日に発生し、

1号機爆発は3121536分頃でした。

P144
c 吉田所長指示後の原子炉格納容器ベント実施準備の状況
3 12 日零時49 分頃
1 号機のD/W 圧力が0.600MPa abs を超えている可能性があったことから、
原災法第15 条(原子炉格納容器圧力異常上昇)が発生したと判断し、
本店対策本部では、1 号機及び2 号機に関し、
121 30 分頃までに、原子炉格納容器ベント実施につき、清水社長の了解を得た。

本店対策本部は、発電所対策本部に対し、「あらゆる方策でMO弁、AO 弁を動かし、原子炉格納容器ベントをしてほしい。3 時に海江田経産大臣と東京電力がベントの実施を発表し、その後にベントする。」旨伝えた。

本店は簡単にベントができると考えていたと思います。
所長もこの時からベントの準備を始めたようです。(信じられませんが・・)
具体的に行動し始めたのはここからだと思います。

112119分 有効燃料頂部TAF 200mmです。
地震前からTAF4メートルも下がって、燃料が顔を出すまで+20センチと迫り、
1123 50 分頃、1 号機の格納容器が 最高使用圧力0.528MPa abs を超える0.600MPa abs である報告を受けています。
こうした情報を解釈もせず、所長は交流電源が戻るのを待っていたのかもしれません。

122 10 分頃、2号機のRCIC 室に向かった。
RCIC ポンプ吐出圧力が6.0MPa gage を示し、原子炉圧力が5.6MPa gage を示しており、RCIC ポンプ吐出圧力が原子炉圧力を上回る数値を示していたことが判明した。
RCIC が作動中であると判断しその旨報告した。

112 55 分頃、当直長は、2 号機については、RCIC が作動中と考えられる旨報告した。
吉田所長は、1号機の原子炉格納容器ベントを優先的に実施しようと考え、1 号機の原子炉格納容器ベント実施に向けた対応を優先的に進めるとともに、2 号機については引き続きパラメータ監視を継続するように指示した。

2 号機のRCIC については、電源喪失し制御ができないまま作動していたものと考えられる。

122 30 分頃、小型発電機を利用して、1 号機のD/W 圧力を計測したところ、D/W圧力計が0.840MPa abs を示した
同日2 47 分頃、報告を受けた吉田所長は、原子炉格納容器圧力が異常上昇していると判断し、官庁等にその旨報告した。

 3 12 3 45 分頃、
本店対策本部技術班は、ベントを実施した場合の被ばく評価結果を試算し、124 1 分頃、吉田所長は、官庁等にその旨報告した。

 発電所対策本部は、1 号機について、S/C ベント弁(AO 弁)小弁で手動開操作が可能であることを確認し、実施手順の検討結果を1/2 号中央制御室に連絡した。

?・・・?

126 50 分頃、海江田経産大臣は、原子炉等規制法 第64 条第3 項の規定に基づき、手動による原子炉格納容器ベントの実施命令を出した。

127 11 分頃、菅総理は、班目委員長らと吉田所長と面会した。

菅総理は、吉田所長から、現場作業が困難など状況説明を受け、原子炉格納容器ベントの実施作業を急いで進めるように言った。
吉田所長は、「現在、原子炉格納容器ベントの実施に向けて準備中であり、9 時頃を目途に実施したい。」旨答えた。
1284分頃、菅総理は、福島第一原発を後にした。

P150
(5)1 号機の原子炉格納容器ベント実施状況
128 37 分頃、発電所対策本部は、福島県に対し、
129 時頃の原子炉格納容器ベントに向けて準備していることを連絡した、福島県の要請により、避難が完了してから原子炉格納容器ベント実施することで調整がなされた。

b 原子炉格納容器ベントの実施状況
129 4 分頃
当直2 名(第1 班)は、1 号機R/B 内に入った。
PHS などの移動通信手段を失っていたので、操作手順に従った着手・終了に関する連絡を取れなくなるため、一班が作業終了後に次の班が出発することとした。

1 班は1 号機R/B2 階の原子炉格納容器ベント弁(MO弁)のある現場まで行き、
3 12 9 15 分頃
弁を手動で25%開にして、1/2 号中央制御室に戻った。

129 24 分頃、
2 班が1 R/B 地下1階のトーラス室に向かう途中、線量限度を超える可能性が生じたため9 30 分頃引き返した。

3 班による作業を断念した。

先を読むと疑問になるのですが・・・
この第3班の役割は何なのでしょう?
2班でベント作業は完了するような気がします。

発電所対策本部は、1 号機R/B 内の放射線量が高く、手動でS/C ベント弁(AO 弁)を開操作するのを断念した。

意味がわかりません。AO弁は圧縮空気を送り込み、弁を開けるものです。
圧縮空気で開けるもので、手動で開けるものではありません。
電磁弁の間違え?
最終的には中央制御室でスイッチを操作して大弁の電磁弁を開けています。
電磁弁は中央制御室で開けられるのです。

S/C ベント弁(AO 弁)には、小弁のほかにも大弁があったが、大弁を開操作するには、大弁駆動用の空気圧を送る計装用圧縮空気系(IA 系)配管にある電磁弁を励磁して開とした上、IA 系配管から空気圧を送る必要があった(資料Ⅳ-18 参照)。


発電所対策本部は、1/2 号中央制御室において仮設照明用小型発電機を用いて電磁弁を励磁して開けるとともに、可搬式コンプレッサーをIA 系配管に接続して空気圧を供給し、S/C ベント弁(AO 弁)大弁の開操作を実施することを決めた。

ここもよく分かりません。小型発電機は交流だと思います。
整流器があったのかバッテリーがあったのか分かりませんが、
中央制御室で、直流電源を使ってAO弁を開けたのだと思います。
具体的な作業が分かりにくいのでYosiokaMemo47.pdfから拝借した図を再掲します。
拝借した図は明らかに東京電力のものです。



?2班は小弁のバッテリーで起動する電磁弁を?
?開けに行こうとしたことになりそうですが・・・?

・・・

とにかく電磁弁を開けないと小弁に圧縮空気系IAの空気が入りません。

圧縮空気がないとAO90は開きませんからベントできません。
すると、
圧縮空気系IAは使用可能と言う事になります。

しかし
中間報告は
中央制御室で電磁弁を開けて、
コンプレッサーをIA 系配管に接続して
AO弁に空気圧を供給して開けたとしています。

実際にベントした作業は圧縮空気系IAとボンベを使っていません。

安全に中央制御室でベントできるわけです・・・

それならこの作業が先で、

これが失敗して初めて命懸けで2班が行くとするのが当然です。

これが矛盾1です。

圧縮空気系IAは使えなかった訳です。
そんな所へ、どうして命をかけて行こうとしたのか?
2人で発電機とコンプレッサーを持って行くのは不可能です。

これが矛盾2です。

・・・

2班は作り話だと思えます。(第1班、3班もおそらく・・)

P153

 3 12 10 17 分頃以降、IA 系配管内に残っている空気圧によってS/C ベント弁(AO 弁)小弁を開けられる可能性が全くないわけではないと考え、同弁を開ける操作を3 度試みた。


1017分頃にベントしようとした訳です。
だけど、
ベントできなかった。(圧縮空気系IAやボンベが使えないことがわかった。)
となります。

所長が前総理に
原子炉格納容器ベントの実施に向けて準備中であり、9 時頃を目途に実施したい。
と答えたのは全くの出まかせではなかったのかもしれません。
操作電源用のバッテリーを集めるだけですから・・
もたつきながらバッテリーは集まったが、普段の点検整備の悪さのため圧縮空気がなくてさらにベントは遅れた訳です。

空気圧縮系IAの空気があまり残っていなくても、小弁なら開けても保持できると考えたようです。(圧力が弱いと閉じてしまいます。)
そうしたことが「-省略-」した部分に書いてありました。

すると、1210 40 分頃、
-省略-

 3 12 12 30 分頃、
協力企業事務所の可搬式コンプレッサーを入手した。
さらに、協力企業社員が接続口の加工を施しアダプターとして用いることとした。

技術屋さんはこうしたことができるのです。東電は何もできない。

発電所対策本部復旧班は、1 号機R/B大物搬入口外側に可搬式コンプレッサーを配置し、IA 系の銅管ヘッダーに接続することにした。
1214 時頃、可搬式コンプレッサーを起動させ、IA 系配管に空気を供給した。

その頃1/2 号中央制御室において、S/C弁(AO 弁)大弁の電磁弁を励磁し、S/C 弁(AO 弁)大弁の開操作を実施した。

 1 号機のD/W 圧力(格納容器圧力)は、
1214 30 分頃に0.75MPa abs
1214 50 分頃に0.58MPa abs まで低下
NHK の映像によっても、1 号機の排気筒から白い煙が出ているのが確認できた。

1214 30 分頃にベントによる放射性物質の放出がなされたと判断
1215 18 分頃、その旨官庁等に報告した。

12 15 36 分頃、1 号機R/B 爆発後、可搬式コンプレッサーの作動停止が確認された。
その後、
3 20 日頃になってようやく、新たな可搬式コンプレッサーを設置した。

c 原子炉格納容器ベントの実施に時間を要した経緯
-省略-


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私は、ベント作業で1班が開けたとするMO弁は
直流電源がなくなって開くようになっていると考えています。
そうでなければ、初めから開いていたと思います。
MO弁は直流電源が無くなって開くことはあっても閉じることはないと思います。

それで、
12号機を25%開としたことを、東電が25%まで閉めたと邪推しました。

しかし、
ラプチャ-ディスクは約0.6MPaまで格納容器の圧力が高くならないと破れません。

格納容器は普段0.1MPa程度ですから、たとえAO弁が誤動作してもラプチャ-ディスクは破れません。

すると、MO弁の役割はなにか?となります。

MO弁が無い場合を考えてみます..

事故が起きてAO弁を開けた後に壊れて閉まらなくなることはあり得ることです。
弁には高温・高圧の放射能が通ります。
そうなると放射性物質は外に漏れ続け手が付けられなくなります。

MO弁はそうした場合に放射性物質を閉じ込めることができます。

ここで新しい邪推です。

MO100%開いている必要があるか?
ラプチャ-ディスクを破ればよいので、100%開いている必要はありません。
25%開いてればよいのかもしれません。

事故の状況によってMO弁を開け閉めして
できるだけ、放射性物質をでないようにコントロールするのが
MO弁の役割のような気がします。

1班もやはり現場などに行っていないのではないか?。

もともと25%開いていた・・・可能性が高いと思います。

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